2026.8.6

何を求め、何を思い、どこに向かって、どこに辿り着くのか

蒸し暑い。暑い。だが夏は嫌いではない。強い日差し。光。明るい外を歩くのも悪くない。さあ、といって勢いよく近所のスーパーに買い物に出かけるが、 ほんの数メートル歩いただけで自分の想像力の足りなさを思い知る。さっさと用事を済ませて家に戻るべし。

子供の成長とともに、自分自身の人生をなぞるように、同じ年齢だった頃のことを思い返す。 中学3年生の娘が受験勉強をしている。高校の説明会に行く。娘は部活の引退式と重なってしまったので、妻と二人で出かけた。暑いなか、坂を登る。 私が通っていた高校も坂の上にあった。長く急な坂の上にあった。

川沿いに続く町並み、いきなり江戸時代、佐原を歩く。 息子と二人で日帰りの旅。暑い、暑い、夏の日だった。 伊能忠敬が住んでいたという古い家を覗く。ザリガニがいた。 伊能忠敬が地図を作り始めたのは55歳から。それから17年間、日本中を歩いたという。 駅の近くに綺麗な施設があって、図書館が入っていたり、カフェがあったり、 そこで涼み、帰りの電車が来るまでの時間を待つ。息子はリンゴジュースを飲み、 私はレモンスカッシュを飲みながら。

それからしばらく暑さが落ち着いた日が続いた。朝のひととき、窓から入る風がひんやりと心地よい。 最近読み終えた小説は一人の作家をめぐる物語で、とても長く複雑な構成で、語り手が次から次へと入れ替わり、 誰の話だか何だかよくわからなくなるのだが、確かに、人生って皆、誰の話だか何だかよくわからなくなる、そういうものかもしれない。

彼の内にはおそらく、たった一つの作品しかなかったのだろう。たった一つの偉大な作品だ。 結局、どの作家にとっても真に重要な本は一冊しかないのかもしれない。 虚無と虚無に挟まれた、どうしても書くべき書物。 この夜、ぼくにはすべてが穏やかで明白に思えた。

モアメド・ムブガル・サール 野崎 歓 訳『人類の深奥に秘められた記憶』
2026.2.24

歓喜して生きよ

歓喜して生きよ、と打ったら、「換気して生きよ」と変換されて出てきた。確かに換気も大切である。 自分という人間は何なんだろう、と真面目に考えることはないが、たまたま自分自身を見つめ直す機会が最近あった。 部屋の片付けだ。普段使っていないものが積まれていて物置のようになっている部屋があった。最近その部屋を整理したのだ。 娘がもうすぐ中学3年だし、勉強机とか置けるスペースをどこかに確保しなければならない、という理由で、妻が先頭に立って我が家の一大プロジェクトとして、 数週間かけて物置部屋を整理したのだ。捨てることができずに取っておいたモノ、モノ、モノ。 物には記憶が宿っている。陳腐な言い回しだが事実だ。 新婚時代に買った家具。昔使っていた携帯電話。いつか使うときが来るかもしれない何かの部品。 整理されずに煩雑に仕舞い込んであった写真の数々。 若かった頃の自分の写真を見るのは何とも言えない気持ちになる。 自分ではそれほど変わっていないつもりでも、写真はリアルだ。今の私は一体誰だ? 子供たちに写真を見せる。父さんにも若者だった頃があったのだよ! もう着ることもないだろうって服が次から次へと出てきた。さよなら90年代。20年以上前に買ったスーツも処分した。 沢山のCDも売ってしまった。そもそもこの家にCDプレーヤーはもう無かったのだ。 本も片付けることにした。本当に取っておきたい本だけを手元に残しておくことにする。自分にとって大切なものとは何か? しかしどれだけ大切であっても諦めたのが中学生の頃に購入したチャップリンの本。 思い入れの深い本であったはずだが、変色も傷みもひどく、さすがにもう諦めた。 中学生の頃、チャップリンに憧れていた。コメディが好きで、それは自分にとって確かなものだといえるもので、その本質はずっと変わっていないと思う。 10代の頃を思い出す品も色々残っていた。しかし懐かしい気持ちは、過去を振り返るのは、何故に後ろめたい思いがするのだろう。 ああ、よくここまで生きてきた。ありとあらゆる幸運に感謝したい。 まだ人生は続く。続くように、生き抜いていかなければならない。 朝、音読をしている。活字には力がこもっている。活力が湧いてくるように。

青空のように

5月のように

みんなが

みんなで

愉快に生きよう

竹内浩三の詩『五月のように』より抜粋
2025.12.29

あなたの机の上に物があふれているのは

46億年前から決まっていたことだとして、深い闇を讃え、夜を迎え、 ベランダの草木は眠っている。星は静かに回っている。

2025.09.07

何も考えずにいるわけにもいかないわけだ

無意識のうちにしてしまうことに気をつけなさい、 とシスターたちはよく言ったものだった。 無意識だろうが、なんだろうが、それをしているのはあなたなんだから、と。

ウィリアム・トレヴァー 谷垣 暁美 訳『恋と夏』